親に詫びたい


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001 2014/02/26(水) 22:01:22 ID:PEw12BRJxE
親父は62で、お袋は66で他界した。両親とも生まれは昭和9年。
小学生の時代に戦争が始まり、中学に上がる前に終戦を迎えた。
育ち盛りに戦争の困窮の極みの中にあり、体躯は両親とも小さく、
戦時中の苦しみのせいか、晩年は食事が何よりの楽しみで、高い林檎なんかを食べると
涙を流して喜んで食った。幼い頃はそんな見窄らしく育った両親を不憫に思いつつ
自分の恥の一部のように劣等感を覚えて育った。
そんな極貧の中で育った両親だったが、自分には贅沢をさせてくれた。
お金が貯まると親戚から車を借りて九州から箱根まで旅行に連れて行ってくれた。
親の血の滲むような愛情の重さがわかりはじめたのは子供が出来たあとで、
その頃は両親とも、もうすっかり老年期で生活を楽しむ余力もなかった。
両親は生まれてから死ぬまでろくに贅沢もすることなく、ずっと貧しいまま死んだ。
自分は独立した後に何度も何度も両親に贅沢させてやる機会があったのに、
自分や自分の家族に贅沢させるためにその機会を逃してしまった。
古い時代の貧しい時代の子供たちの写真を見るたびに
こうして貧しい両親に孝行することもなく死なせてしまった親不孝を恥じて自分は涙する。
父よ!母よ!僕は親不孝な息子でした。なんと詫びたらよいことか!
苦しい生活を僕に見せることなく何不自由させることなく育ててくれた礼が言えなかったことを
なんと詫びればよいことか!書いていて涙が出る。父よ!母よ!育ててくれて有り難い。
貴方たちのことを恥じた僕をどうか許してください!父よ!母よ!

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032 2014/03/31(月) 04:51:48 ID:hVAVsLCMAQ
>>26さん。
 それ以前の経緯が不明なので 絶対とは言えませんが、貴方が奥さんの立場を
母堂に 説明出来なかったのが問題では ないでしょうか?

 盆と言う時期には 先祖を祀る実家であるとか、久しぶりに親族が集うなどで
顔出しだけでもするべき場合もあるでしょう。
 だとすれば、その場に ご亭主である貴方や子供さんが 同席しない方が失礼な
場合もあります。
 また 休日数も限られた中で、クラス会や旧友との再会なども 奥さんにとって
は 大切な付き合いでしょう。

 >>「ダンナが子供達を押し付けられ、嫁が羽をのばし実家にいる」と 母堂に
思わせてしまったのは 貴方ではありませんか?
 先に記した理由とか 縦しんば奥さんの身勝手であったとしても、貴方は奥さん
の立場が成り立つように 母堂に説明出来た筈です。

 貴方自身が 奥さんの取った行動を不満に思っているのでなければ、母堂から
悪い嫁 のように思われてしまっている 奥さんの名誉を、第一に回復させるべき
です。

 そして そうする事が 何より母堂を安心させ、親子関係を円満にする事になる
と思います。

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033 2014/04/01(火) 00:42:17 ID:vWhNFZg.B.
26です。
皆様、親身になって寄り添い、励まし、方策をご提案いただき
誠にありがとうございます。
レスには、一つ一つ
悩みの内容が内容だけに妻に話せず、一人でずっと悩んでいましたが、
この場を借りて感情を吐露し、皆様に聞いていただいた事で、
気持ちの整理が付き、少なからず気持ちが軽くなりました。

最近、帰宅が遅くまとまった時間が取れないため、
週末にでもまた書き込みさせていただきます。

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034 2014/04/06(日) 05:37:25 ID:XD7x12o3oQ
26です。
ご返信いただいた各位
ご指導ご鞭撻、誠にありがとうございます。
>>27
 >封書で手紙が効きそうな気がする。
 自分の憤り、苦悩を知って欲しい気持ちは多分にあります。
 しかし手紙だと、気持ちをぶつけたリアクションが分からないため、
 どう受け取ったのか分からない怖さがあります。
 ご提案ありがとうございます。
 ご提案のとおり、こういう気持ちを伝えるのは書面が伝えやすいとも思います。
>>28
 氏のご指摘のとおり、母は、妻にも妻の実家にも不満を募らせていました。
 そして、件の事で感情の発露に至った側面もあります。
 無数の自問自答の末には、自分には保全すべき
 家族があり、こちらを優先するなら親と対立することになっても
 止む無しと、自分に覚悟を迫る思考に陥っていました。
 >優しい人がそうやって悩むのでしょうね。
 私の気持ちを汲んでいただき、救われる思いがしました。ありがとうございます。
 氏もいつか、お父上と分かり合える日が来ることをお祈りいたします。
>>29
 >自分の人生をささげて育ててきた子供に裏切られたらどれほど辛いだろうか。
 恥ずべき事に母からの視点が自分には、ありませんでした。
 なぜ、母が怒ったかを想像することはあっても、自分への感情については、
 知らず知らずの内に、母には、息子に対する不変の愛があり、息子を悪し様には、
 思うはずがないだろう という前提があり、「裏切り」という感情を
 排除してでものごとを考えていました。
 すなわち、母に”甘え”ていたのです。
 また、母の”不変の愛”という前提があったことに気付きました。
 おかげで、大変重要で、核となる事実を再認識できました。
 ご指摘ありがとうございました。

つづく

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035 2014/04/06(日) 05:48:01 ID:XD7x12o3oQ
つづき

>>30
 29氏への返信の中で自分の心境に変化が生じました。
 凝りが少し解れたように感じます。
 そして、氏のエピソードに触れ、自分と母との数々の思い出が
 フラッシュバックしてきました。乳児期に肺炎が重篤化し、瀕死となった
 私を、泣きながら処置してくれる病院を探し回った事。(後年聞いた)
 少年野球のレギュラーから外されて泣きじゃくる私を優しく慰め、励ましてくれたこと。
 高校生の時、喫煙が見つかり母が呼び出されて、泣いて先生に誤ってくれたこと。
 …等々 今更ながらに両親の注いでくれた愛情の偉大さを痛感しました。
 >悔やんでたらキリが無いですよね。
 >しっかり生きていくしかありません。
 お励ましありがとうございます。
 前向きな気持ちが芽生えてきました。
>>31
 >>愛情の裏返し・・・
 今の心境であれば、自然に理解できます。
 しかし、母も年を経るにつれ、段々と偏屈になっているように感じます。
 寂しい事ですが、これが母の老い方だと認めざるを得ないのでしょうね。
 心に染み入りました。ご説法ありがとうございました。
>>32
 ご明察のとおり、件については、委細ありますし、これまでの経緯もあります。
 妻の立場を保全するよう充分な説明をしての(したつもり)、この度の結果です。
 前記しましたが、母なりに長年鬱積するっものがあり、本件は、
 きっかけに過ぎなかったと、今にして、そう分析しています。
 ただし、臨界に発展するまで何ら有効な方策をうち得なかったのは、
 私の不徳のいたすところです。
 諫言いたみいります。ありがとうございました。

一人で悩み、袋小路に迷い込んでうましたが、
皆様からのご返答にあたり、色々と様々と考える事ができました。
そして、トンネルの向こうに、ぼんやりとした光が見えてきました。
心の凝りが解れるのにもう少し時間が必要ですが・・・

皆様、本当にありがとうございました。

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036 2014/04/06(日) 06:33:21 ID:Y3Z/Ozqro6
オメーさんも親なんだろ?
こんなクソ掲示板に書く事じゃねーよ

まあ、俺は今日、母親に美味いもん食わせに行くがな
この掲示板観て決めたんだが・・・

じゃ

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