時計の秒針の音がやけに気になる。
脇を閉じて床に臥せていても自分の動脈の鼓動が聞こえる。
遠くで軽自動車が走り抜けて行く音、農道の凹凸に合わせて積み荷が揺れる音がわかる。
むかしは調子が悪くても2、3日寝ていたら病気なんか治ったものだ。
かれこれ4ヶ月にはなる。便所に行くたびに起き上がるのが日に日に苦痛になる。
何かに掴まっていないと歩くことさえ思い通りにならない。
病気が治るなんて当たり前のことだったのに、いつかきっと治るみたいな希望でさえ、
いまはもう無理な妄想だと思うようになった。
希望が絶たれたときの心痛はきつかったがもうその痛みさえ思い出せない。
いまは自分がいつ目覚めなくなるか、その日まで何日あるのか、そのことだけが頭を巡る。
収まりが悪く風がふくとカタカタと鳴る安物の窓ガラスの向こうに映る景色は異様に美しい。
青く冴えた空、ぽっかり浮かぶ雲、雨粒で光がきらきらする乱反射。
ろくに変化もしない景色にずっと何時間も眺め入るなんてことがかつてあっただろうか。
世界はひたすらに美しく、そして切なく、もの悲しい。悲しいことと美しいことは似てる。
窓ガラスが曇ると年老いた母に掃除を頼む。
窓を曇らせるのは埃なのだそうだ。埃って何だ?聞くと母は答えた。
石が砕けた粉やら動植物の身体が死んだ粉じゃないかね。
俺もやがてそう遠くない日に粉になるのか?聞いても母は答えない。そりゃ言いにくいだろう。
雪の季節になった。窓が見えなくて悲しい。こんな季節に死ぬのはいやだよ。
せめて花の咲く季節までなんとか。涙が出る。
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