いや1はたぶんそういう人生論を聞きたいのではない。
純粋に疑問なんだよ。
俺がリンゴの話をしたのは理解できない世界をくっきりさせるために
理解できる世界の話をしたわけだ。
つまり「死後の世界」とははたして理解できる範疇の話なのか?ということだ。
リンゴは見えるし、触れるし、臭いもするし、食べられる。
しかし死後の世界は見えないし、触れないし、臭いもしない、食べられない。
そもそもそういう物について人間は考えることが出来るのか?ということだ。
ここからは難しい話だが「死後の世界」という言葉で何かを表現できているのか?ということだ。
>>40で「全能の神がいても1+1=3にすることは出来ない」と書いたが
これは1+1=3という意味をまずこちら側が理解できてないってこと。
富士山は3,776.24mらしいが、これが3,776.84mであることはあり得る。
なぜなら計り間違えもあるし、少なくとも「本当はちょっと高かったんだ」ということが理解できる。しかし1+1=3という式はそもそも何を意味してるのかが分からない。
それでも全能の神なのだから、1+1=3にすることができるか?
それは出来ない。
例えば便利屋がお客の注文をきくときに、注文の意味が分からなければ受けることは
出来ないだろう。いくら便利屋だって注文する客が何を注文したいのかが
分かってなければ受けようがない。問題は神側にあるんじゃなくて人間側にあるんだよ。
つまり「死後の世界」とは「1+1=3」のように意味の分からない言葉なのではないか。
現実世界にいながら、その外の世界のことを考えること自体、人間には不可能なのではないか。
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