面識はあるが、さほど親しくないほどの知人というのがいる。たとえば同僚か、学生さんなら同じ
クラスで、たまに一言二言喋ったことはあるが話題が膨らむというほどではない。そういう人がたまたま
同じ町に住んでいて、朝の駅のホームで一緒になってしまった、という時は何ともばつが悪いものである。
バッタリ会ってしまったら、それはそれで仕方ない。お互い挨拶を交わし「やぁ、この電車でしたか?」
「いつもはもう一個あとの急行なんですけど・・」といった具合に、無理やり会話を膨らませながら
オフィスまでの時間を彼と過ごすしかない。
が、大概はどちらかがギリギリのところで相手の存在に気づいて、作為的に扉をずらすことになる。
----------おっ、あれは経理の室田とかいう奴だな。そうだよ、去年の管理職研修の班で
一緒になった男だ。どうしようか、声くらい掛けるか。
いや待てよ、あいつとあと30分、話もつかなぁ、ちょっとヘビーだよな。
打ち上げの時も何か端っこのほうで地味にしてたなぁ。ヘンなチョッキ着てさ、
愛媛で獲れました、とか言ってたな自己紹介んとき、オレ、四国出ってダメなんだよな。
そうだ、バスで隣になったとき息クサかった。胃が悪いんだアイツ、
スピリッツ読みたいしな。シカトしよ。-----------------------------------
と、瞬時に分析をし、1,2扉手前の列にずれる、というわけだ。確かに、ある種の罪悪感を感じる。
しかし、経理の室田との会話と本日発売のビッグコミック・スピリッツの読書を秤にかけりゃ、
スピリッツが勝つ。
-----------------中略---------------------------------------------------
経理課・室田のような男をどうにか巧く巻いたとする。しかしこれもまたつらい。
降車駅からオフィスまでの間、室田が数メートル前方にいる。会話が持ちそうな
距離になった信号機の前あたりで、白々しくも声をかけることになるわけだ。
「向ヶ丘遊園でしたよね?」
「8時25分の急行?一緒だったんだぁ」
そぉ、これが正しいのだ。お互い、気づいていながら知らない素振り。
(泉麻人「地下鉄の友」より引用)
オマイらも心当たりあるだろ?
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