>>60 再整理&問題提起有難う。
乙武の言ってることはその通り。
実際、人権団体などですら、意見が分かれていて君の言っている考えの人も少なくない。
キーワードは「寝た子を起こすな」というもの。
この意見にも一つの真理があると思う。
で、もう一方の考え方は言ってみれば長期的なもので
「隠すことで今の差別は徐々に薄れて言っても、今後似たような差別が生まれる」という意見。
どちらかというと俺は後者の意見で、俺は歴史が好きなんだけど、
歴史を学ぶ意義ってのはまさにそこ、過去を学ぶことで
未来につなげることなんじゃないかと思ってる。ベタだけどね。
また、部落問題に関しては東日本と西日本の格差がでかすぎることも考慮すべき。
行政の認定部落は、より差別が激しかった京都を中心に西日本に集中している。
数字で言うと、認定部落の7割以上が西日本。東北はゼロ。
(部落差別が皆無だったわけじゃないだろうけど、程度差で)
行政云々に関係なく、いまだに市民なら子供のころから
「あの地区はアレやから」みたいなことを言われるし
俺も言われて育ってきた。ちなみに学校で同和教育は無かった。
そういう地域格差があるから特に東日本の人だと
「言わなきゃ誰も知らないのに・・・」と思う傾向があって
これが東西の部落研究にも出てしまってるくらいなのですわ。
もちろん単純な言葉狩りが下らないことだというのも全く同感なんだけど
だからといって何も考えずに障害者の友人に「よう!カタワ!」というのは
慎重に考えた方が良いと思うし、「エッタ」なんてのは
蔑称以外に使われた歴史は無いよね。
また、「言葉狩り」という概念が言われ始めたのは恐らく90年代ごろだろうから
それから20年経った今では、もう一歩進んだ議論を展開すべきだと思うよ。
あと、しゃしゃり出て悪いけど、道教(タオイズム)と神道は
基本的に別系統の成立と考えるべき。
いまでこそ共通点もあるけど、道教の基本思想たる瞑想は
シャーマニック要素の強い初期
の
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